和裁士  坂口 彩香 (さかぐち あやか)

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1987年 石川県金沢市生まれ

伝統工芸「加賀友禅」の染色作家に憧れて県立工業高等学校 工芸科に入学、染色を学ぶ

卒業制作で着物を染めた折、それまでの「画用紙に描く」と「衣服に描く」の違いに気付き、和服の形・仕立て方に興味を持つ   

関西の和裁専門学校で4年間和裁を学ぶ

在学中に国家資格和裁技能士3級を取得

卒業後、学生上がりで教員の助手になるが道標を失い3ヶ月で辞職

石川県に戻り、1年ほど請負いの仕立業を経験

この頃(234歳)、幼少からの皮膚炎が重症化

治療中、極めて厳しい眼で手持ちの衣類を点検した際に、和服の合理性を生身で納得する

以後、和裁技術を使って自分の着る服を作るようになる

食事にも意識して治療したため農業に携わってみたいと思い立ち、農業インターンシップ生として能登半島の穴水町に住み始める

農業その他多少横道にそれながらも、「着ること」と「縫うこと」を中心に自分の在りようを模索

2013年 ふく拵え たてや開業 (個人自営業)

請負いを中心とせず、個人客と直接やり取りを行うスタイルで着物の仕立業と普段着の和服の提案を始める

知人の展示会の手伝いや小物を制作してイベントに出店するなどを経験、自宅の一部で展示会を数回開催

2020年 羽咋市に転居 

2021年 能美市寺井町に転居 

本格的に手縫足袋の商品化に取り組む

2022年 秋から月に数日、金沢市と能美市の2会場で直営店を開く(能美会場〜234月)

「手縫足袋 つつみ」を販売開始

店では着物の仕立や直し、裁縫稽古の相談も受け付ける

23年 秋からHP運用開始

11月からcreemaにて手縫足袋〈つつみ〉の出品を開始

◇ ◇ ◇

上記を読んでいただいても分かるかも知れませんが、「この道ひと筋◯十年」というキャリアに全く興味がありません。

アルバイトを色んな種類経験したり、ちょっと教室に通ってみたりと、裁縫以外にかじったものは多いです。

習い事なら始めたらすぐに級をとって昇級に邁進したり、作品を仕上げることを第一目的に据える教室が多いですが、私はいつも準備体操や基礎練習(語学なら発音など)が一番楽しくてこれだけでもいいと思うくらい面白く、実技の流れを覚えたりすることができず、その辺りの事情か長続きしません。

職業も、ずっと1つでないといけないとは思っておらず、兼業スタイルには関心があります。

何より柔軟な暮らしの方が前向きでいられるのではないかと思うからです。

自分に管理力が必要ではあるけれど、百姓的な、季節に沿った活動と稼業がリンクする暮らしに憧れます。(昔の農家なら春は田植えで冬は炭焼きといったサイクルや、決まった時期に〇〇を作り販売、シーズンが終わったら△△サービス業…など)

季節を軸にせず、室内作業か外仕事かで考えてもよく、いずれにしても相性の良い職種の組合わせがあるのだろうと思います。

今は相性の良い兼業の縁がないので、裁縫を専業しています。

和裁の作業風景

ソーシャルビジネスを学ぶ社会人学校で出会った、東京から移住して地方にレストランを開く方の和装ユニフォームを作らせて頂いたのをスタートに、裄直しや破れのつくろいから留袖の仕立など様々なご相談をお受けしてきました。

一つひとつが勉強と思い作業の手際よさ、仕上がりのきれいさなどを工夫していますが、年数のわりに手がけてきた数は少ない方かもしれません。

ちなみに、和裁士は振袖といった絵羽ものや喪服など、礼服を手がけることが上級の職業ですが、私にとって礼服は苦手分野です、、。

働きはじめた状況なども関係はあっただろうとは思いますが、起業してからはカジュアル着や直しに携わることが多く自然と技術もそれに長けてきますし、直接お客様からお預かりするものでなければ、あまりやり甲斐を感じる事ができず、たくさん礼服を扱うようになりたいとも思わないところがあります。

ですので、ここから先は大変地味な話になります。

経験豊富な、いいもの(礼装)を頼める人をお探しの方は、この辺りで諦めていただいた方がいいかもしれません。

ハイステータスな業務実績はさほどなくとも、これだけははっきり「やってきました」と言える事が、一つだけですがあります。

それは、毎日自分で仕立てた服を着て暮らしていることです。

これだけは実績10年余りを数える事ができます。

私が作る自分のものは、きものと言ったら皆さんが思い浮かべる長着スタイルではなく、きものと同じ仕立て方の、和服構造の服です。

長着スタイルも好きで着ていた時期はありましたが、部屋着を作り始めてから服の形の研究が楽しくなって実験がそのまま生活となっています。

ダウンコートや帽子など多少の購入した衣類を組み合わせている時もありますが、肌着を含めてほぼ全て自作し、メンテナンスをしながら着続けて、寿命が尽きたいくつもの服とお別れしながら暮らしている事が、唯一の語れる経験です。

使っていくうちに服がどんな風に(具体的には「どこから」もあります)摩耗していくか、傷みやすいところをどの程度はじめから補強しておくか、

着やすい、動きやすい、きれにたためる、着姿もすっきりしている、着ていて違和感がなく安らぐ服は、どんなものか。

材料の吟味や着方も必ず一緒に考えますが、それはかたちや寸法、縫い方などでも、「狙う」事ができます。

成り行き上自然にそうなったのですが、一個人の限られた行動範囲内ではあっても自分の身や皮膚感覚を研ぎ澄まし、また本などで得た知識を検証したりと毎日の生活の中で研究してきました。

TPOに合わなくて恥ずかしい思いをしたり、自分が着るもので立場表明やテンションを調整できなかったりといった着方の問題や、袖だけ作ったところで手が止まってしまいそのままなどの服自体の失敗作もたくさん経てきました。

ですが、練習するうち射的が上手くなって的中するのと同じように、服も「ドンピシャ」が作れるようになります。

完璧!なのではなく、「気に障るところがまず無い、ふつうに着られるストライクゾーン」という意味ですが、数年前からかなり満足度の高いものが出来ているので、私の場合5年以上はかかったけれども、自分の納得の行くかたちに磨かれてきたように思います。

自分の納得の行く…と書きましたが、服を着るという行為は自分の姿が他人の目に映ることも意識していますから、周りの人にも違和感や不快感を与えないという要素も含めて採点しています。

和裁の作業風景

見た目は好きなんだけれど、この服を着て1日過ごすと肩が凝る、脱いだ時にもの凄い開放感がある…といった経験はありますか?

「ドンピシャ」な服は、疲れません。(着ている間の、他の出来事で疲れる事はあります)

仕事着など、身体を引き締めて緊張感を保つ機能をつけたものでも、苦しい緊張ではなくて心地よい緊張、楽しく仕事ができて、終わった後充実感があるような緊張を促してくれます。

楽という感覚とも少し違った、良い着心地ということだと思います。

また、飽きもしません。

通年用で頻繁に着るものや数年着続けたものでも、これ、飽きたなぁと思った事がありません。(以前は飽きることがありました)

おそらく、自分で修繕などのメンテナンスをして、服の変化をつぶさに見ているからでしょう。

ほころびは手当てが可能だし、例えば結び紐の位置などを修正して着る時のストレスを減らしたり、生活スタイルが変わって着なくなってしまったものでも、少し形を変えたりして普段着にするなどの工夫も考えられるので、全体的に布がダメになるまでの付き合いになりました。

そうして使っていく服は、どれもが頼もしく、新品の時よりさらに快適に、着ても眺めても味わい深い姿になります。

「ドンピシャ」は、言い換えるなら「愛おしい」と言えます。

材料は買うにしても自分自身で作っているから、修繕やリフォームが可能だったり、手仕事の跡が愛おしいということは大いにあるだろうとは思います。

でも他の人が仕立てた服でも、やはり上手下手を通り越してその針目には安心感を覚えるし、見た目以上に体によく馴染むのがとても嬉しいことです。

また自分では裁縫が手におえなくても、「どんなものを着たいのか」を「どんな暮らしをしたいのか」とつなげて考えられる方なら、売っているものを選ぶ目を養ったり、仕立て屋と協働したりして、限りなく理想に近づくことはできると思います。

私も、体力などの都合で裁縫が出来なくなったとしても、その時の自分にぴたりとくるものは何かとよく考えて、納得のいく手段で服を調えていくだろうと思います。

挫折しかかっても、間に合わなくても、自分の着るものを拵えることは、生涯をかけてやっていく営みです。

人は死ぬまで、何かを着ます。(死んでからもしばらくは…)

◇ ◇ ◇

和裁学校を卒業した後、仕事になるかどうかではなくて、まずこの私の身にとって心地よいのだということを切実に感じた時に、本当に和服と出会ったのだと思います。

引出しの底で眠っていた、真っ白な、薄っぺらいサラシの肌襦袢一枚を頼りに作り始めて約10年、「私にとって、着やすく丁度よい服」を目指してきました。

今は、落ち着いた姿勢でそれを継続しつつ、プラス 「誰にとっても着やすい服」あるいは、「あなたにとって、心地よい服」を研究していきたいと思っています。

最後までお読みくださりありがとうございました。